趣旨の説明
僕の好きな馬が負けているけれど,その姿を含めて好きで繰り返し観ているレースを紹介します。僕が好きで繰り返し観ているレースかどうかなので,たとえどれだけ接戦,良いレースだとしても例えばウォーターナビレラが負けた2022年の桜花賞は悔しく思っているのか,好んで繰り返し観ていないので挙げません(現地で絶叫したし充分だ(?))。
また,好んで繰り返し観ているレースで好きな馬が負けていたとしても,その馬を目当てに好んで繰り返し見ているのでなければ挙げません。例えばキングヘイローが4着に敗れた2000年の有馬記念を好んで繰り返し観ていますが,これは優勝したテイエムオペラオーを見るのを目的としていることが多いので出てきません。とは言ったものの,引退レースとして後方大外一気で上り最速を出して掲示板内に突っ込むキングヘイローを目当てに観ることもたまにあります。
今回はキングヘイローとその血筋の馬たちのレースです。
1998 京都新聞杯
8枠15番 キングヘイロー
同期のダービー馬スペシャルウィークとの一騎打ち。ダービーを制したスペシャルウィーク,皐月賞を制したセイウンスカイとともに,キングヘイローはこの世代の三強に数えられながら春のダービーを14着の大惨敗で終えている。この秋に巻き返したい思いがあったはず。
スペシャルウィークがダービーで見せたあの末脚。スペシャルウィークより後ろに位置取っていては勝てないと見たのか,中団後ろに控えるスペシャルウィークとは対照的に前目5番手辺りを進むキングヘイロー。3コーナーでスペシャルウィークが外からスーッと上がってくる。前へ出させまいと一緒に上がっていくキングヘイロー。直線に向くころには二頭がほぼ並んでマッチレースの様相を呈している。ゴール直前まで先頭を守り懸命に走ったが,最後は力でねじ伏せられる形で2着。
直線ではキングヘイローに乗っている福永騎手が馬を鼓舞するために叫びながら追っていたと言う。そういう強い「勝ちたい」思いがあと少しのところで力の差にすりつぶされてしまうところに何か感ずるところがある。
1999 スプリンターズステークス
7枠13番 キングヘイロー
古馬になってからのキングヘイローと福永祐一騎手のコンビについて語られることが少ない気がする。このレースは福永騎手がよくキングヘイローをわかっていて,その類まれな瞬発力を引き出していると思う。出が早くなく置いて行かれたが,そこで無理におっつけず道中は最後方を追走。コーナーでは距離ロスを無視して大外をぶん回して追い込み。突然,短い直線だけで3番手まで駆け上がってくる末脚。柴田善臣騎手に乗り替わりになってしまったものの,翌2000年の高松宮記念を勝つことができたのもうなずける。
このレースで1200mでも追い込みを選択して勝負になることを示したことが,陣営に再度1200mのレースを選択させたのではないか。そしてここでキングヘイローにこの距離の経験を積ませていたことが勝利に繋がったのではないかと考える。ちなみに現在は412.5mある中京競馬場の直線も改修前の2000年当時は313.8m。スプリンターズステークスが行われた中山競馬場の直線(310m)とほとんど変わらない短さである。このスプリンターズステークスでは最後方に置かれたが,そのペースを経験したことが活きたか高松宮記念では道中は中団で追走することができており,これが最後短い直線で差し切れるかどうかの差に響いたところもあるのではないかなとみる。
悲願のGI勝利に最も欠かせないレースだったと思う。
1986 ダービーステークス
5番 ダンシングブレーヴ
キングヘイローらの父。のちに世界各国のGI馬が11頭集まり史上最高レベルのメンバーが揃った1986年凱旋門賞を勝ち,1980年代欧州最強馬とも言われるダンシングブレーヴの敗戦。
一冠目の2000ギニーを勝ち,いまだ無敗。二冠目のダービー(約2400m)に挑むが,これまで約1600mのレースしか走ったことが無い。スタミナ切れを恐れてか,直線を向いてもまだ最後方。先頭でレースを引っ張っていたシャーラスタニが抜け出し,それを大外から驚異的な脚で追い込んできたダンシングブレーヴだが半馬身差で逃げ切りを許してしまう。
追い上げるダンシングブレーヴにクローズアップした瞬間の,背後の観客が飛ぶように流れていくスピード感が凄くて見てしまう。1986年凱旋門賞でも直線で最後方大外からの追い込みをしかけ,そちらではシャーラスタニ(すでにキングジョージでリベンジは果たした後だが)含め全頭を差し切って優勝している。そちらは圧倒的な瞬発力で急加速して先頭に立つと最後は流しているように見える。接戦で負けたレースこそその馬の全力が見られることがあると考えているので,このダービーこそがダンシングブレーヴの追い込みの極限かもしれないなと思う。
2022 東京優駿(日本ダービー)
8枠18番 イクイノックス
この日,東京競馬場にいた。
前年10月頃に母の父キングヘイローの馬で新馬戦を圧勝した馬がいると知り,11月の東京スポーツ杯2歳ステークスでその馬が勝つ姿を見て「今年の夏に競馬を見始めたばかりだけど,いきなり三冠馬なんじゃないか」と独り騒いでいた。
実際にはそんなに甘くなく,一冠目の皐月賞を2着に敗れて三冠の夢は終わった。しかし,異例のローテで5か月ぶりのレースになり,大外枠で前に馬を置くことができず控えさせるのが難しかったことを考え合わせると,自分の想像の中にいた三冠馬イクイノックスより遥かに強かった。そのため「本当に強かったんだ」という好きな馬,強いと思っている馬が大舞台でも通用していることへの安堵や嬉しさが初めに訪れたように思う。ここまで来ているならもう少しで勝てたかもしれないけど,負けたことの悔しさよりもその気持ちが勝っていたと思う。
二冠目にして日本競馬の頂点たるレースの一つ,東京優駿(日本ダービー)。一生に一度きりの大舞台。イクイノックスを見るために僕は東京競馬場にいました。パドックでは人馬の姿を見ることができたものの,スタンドへ出るとあまりに人が多く,果てしなく続く頭,頭,頭の先にモニターの上端が横一線わずかに見えるだけだった。コース上の様子は目ではほぼわからない。前方の歓声,その間隙に覗く実況の声から断片的に伝わってくる。
イクイノックスが一冠目の皐月賞を5か月ぶりのぶっつけ本番で走ったのは,レースを走るたびにその疲れがなかなか取れない体質だからだと陣営は説明していた。日本ダービーはその皐月賞から1ヶ月。本当に万全の状態で走れるのだろうか。皐月賞に続いてここでも大外18番枠。お昼の演奏会で「ユメヲカケル!」を聴いていた時は「(この曲に縁深い)トウカイテイオーは二冠とも大外枠でダービーを制しているし,イクイノックスが勝つな」などと言っていた。二冠とも大外から制している馬といえばサニーブライアンもいるし,本当に強い馬がどうしても勝てないほど不利な条件でもない。しかし,レース前には「1着もありえるけどそこから大敗まであらゆる可能性が考えられるな」とどちらかといえば弱気だった。
レースが始まると歓声の中,デシエルトが先頭を取ったところまで実況の声が聞こえた。「外目の枠からでも宣言通りハナを叩いたデシエルトかっこいいな」と感心していた。大歓声が渦を巻いて実況の声はかすかにも聞こえなくなり,群衆の近いところから漏れ聞こえる情報が頼りになった。ドウデュースの名前が聞こえてくる。そのさらに後ろ,全体でもかなり後ろの方にイクイノックスはいるらしい。そこでイクイノックスの情報が途絶えた。
ダービーが終わったらしい。「豊だ」「ドウデュースだ」と勝者の名前が方々から飛び込んでくる。イクイノックスはどうなったんだ。どこにいるんだ…
後ろのまま沈んでしまったのか…?
密集していた人混みが少しずつほどけていく。やっと見えた掲示板の2着に18番が点灯している。クビ差。強かったんだ。立派に走ったらしい。また想像よりも遥かに強かった。
しばらくそれを見つめながら立ち尽くしていたような気がする。
この時期のイクイノックスはスタートすぐの追走が速くなく,前半が58.9と比較的速いレースであったこのダービーでは後方3番手辺りで進めている。最終直線ではドウデュースの後ろから長く良い脚を使って追い込むが,一瞬の切れ味で勝るドウデュースに残り300m辺りで急加速された際に付けられた差を詰め切ることができずに敗北したように見える。二頭の一騎打ちは,高速で脚を回転させ前へ前へと駆けるドウデュースと,大きな完歩で雄大に走るイクイノックスの走り方の違いが見えて面白い。名馬の走りは一つではない。
2023年 優駿牝馬(オークス)
7枠13番 ドゥーラ
母の父がキングヘイローのドゥーラ。競馬関連の求人に応募して,選考のためにこのレースを題材に書いた文章があるのでその全文を載せる。